先輩医師インタビュー

医師・患者・研究者、3つの経験と視点を持つ腎臓内科医

新潟大学大学院 医歯学総合研究科 腎研究センター 腎膠原病内科学山崎翔子 先生富山県出身・平成30年 富山大学医学部 卒業

2025年12月18日

分野 腎膠原病内科

現在は大学院生として研究に取り組むとともに、週に1度、新潟大学医歯学総合病院(以下「新大病院」)の腎・膠原病内科の医師として臨床の場に立つ山崎先生。実は自身も中学生の頃に腎臓病を患い、その時に初めて「腎臓内科」という診療科の存在を知ったと言います。富山県ご出身で、富山大学医学部を卒業。糸魚川総合病院で初期研修を受けられ、その後、新潟大学の医局に所属。新潟県内での後期研修中に、内科専門医を取得。大学卒業後6年目の春、2023(令和5)年4月に大学院に進学され、今に至ります。新潟県を研修の場に選ばれた理由や、腎臓内科にかける思いなど、詳しいお話を伺いました。

広い新潟は、地域医療を学ぶのに最適な場所

―富山県のご出身ですが、初期研修後ずっと新潟にいてくださっているのはなぜですか?

全ての始まりは、糸魚川総合病院での初期研修だと思います。腎臓病を患ったことがきっかけで元々腎臓内科医を志していましたが、どこを本拠地とするかは決めかねていました。実は糸魚川で働くまで、新潟に遊びに来たことすらほとんどありませんでしたが、そこで出会った腎臓内科の上級医の患者さんへの接し方や考え方の素晴らしさ、いわゆる「よそ者」にもやさしい新潟の風土に惹かれて、新潟に残ることを決めました(新潟大学に入局することを決めました)。富山にずっといたら気が付かなかったことがたくさんありますが、その中で最も実感したのは「新潟の広さ」です。比較的コンパクトな富山県に対し、新潟はとにかく南北に長く、その長さは北陸三県をあわせた長さと同等と知った時はすごく驚きました。糸魚川に始まり、実際に新潟県内のいろんな場所で働いてみると、その地理的条件からくる医療課題として、地域医療の重要性を強く感じるようになりました。腎臓を中心に全身を診ることを生業とし、各地域に透析患者さんを抱える腎臓内科医は地域医療にマッチしている科だと思いますので、それを活かして新潟に貢献していきたいと思っています。

また、先程も少し触れましたが、個人的に、新潟には外から来た人を温かく迎えてくれる風土があるように感じています。なので、とても居心地がよく、気付いたらずっと新潟にいた、これからも新潟にいたいな、と思っています。

自分の中にある、腎臓病患者としての視点

―ご自身も腎臓病患者さんだったと伺いましたが、それが医師を志されたきっかけですか?

そうなんです。中学生の時に腎臓病を発症しまして、大学2年生まで治療を続けていました。この時に腎臓内科を身近に感じ、腎臓内科医になろうと思いました。医師を志したのは親の勧めで、幼稚園の頃には「お医者さんになる」と言っていたみたいです。その後迷いなく医師になり、他の職業を考えてこなかったことを少し後悔する時期もありましたが、実際働いてみると「自分には合っている職業だったのかな」と、今は充実感をもって働くことができています。腎臓病を患っていた頃に感じたことなど、私の中にある患者視点を忘れずに、これからも患者さんに向き合っていきたいです。

患者さんに長く寄り添う、腎臓内科医の魅力

―大学院での研究の状況はいかがですか?また、先生が感じられている腎臓内科の魅力は何でしょうか?

研究は、難しいですね(苦笑)。ただ、全ての治療は誰かの研究の結果でできているものなので、医師として研究に携わったという経験は今後も大事にしていきたいです。博士課程を修了するまであと1年。来春以降の4年目は、臨床がメインとなります。腎臓内科医は、透析患者さんが週に3回必ず病院に来られるように、患者さんと頻繁に会い、長いお付き合いとなることが多いです。何度も会うことで患者さんとの信頼関係を築けるところが、腎臓内科医の仕事の魅力だと感じています。一方で、時には急に具合が悪くなった方に対する早急な対応が求められることもあり、この緩急のバランスも、私にとってちょうどいいです。

たくさんの人との関わりを経験し、より豊かな医療の提供者に

―医師を目指す方へのメッセージをお願いします。

医師という仕事は、第一に人の命を預かる仕事です。しかし、ただ単に「患者さんの体を治す」だけではなく、「自分らしい生き方」のお手伝いをするような役割もあると実感しています。知識をつけることはもちろん必要ですが、患者さん・患者さん家族・医療スタッフなどたくさんの人との関わりを経験することで、より豊かな医療が提供できるのではないかと思っています。新潟は広くて多様な地域があるからこそ、そのような経験を積むのには良い場所だと思います。ぜひ、新潟のいろんな場所で、いろんな人と働き、医師としての道を歩んでいってほしいと思います。

(所属等は執筆時現在です。)